僕が医者になった理由
僕は幼い頃から小児喘息がありました。
月に1.2回は通院をし、発作がひどい時には入院もしたりしました。
物心付いた時には、喘息はありましたし、発作も起きていたので
苦しい、のは当たり前でした。
病院も注射もお医者さんも看護婦さんも
好きとか嫌いとか
優しいとか怖いとか
そういう感情も無く、ただただ身近な存在でした。
どうやら幼稚園の時からお医者さんになりたかったようで
卒業文集には
「将来の夢は人助けのできるお医者さんです。」
なんてことが書いてあります。
大きくなるにつれ、いろんな職業を知るようになり、
それなりに夢も変わりました。
高校は進学校に入ったものの
学校がどうも面白くなく、
さぼってはゲームセンターに行ったり
朝から喫茶店で友達と時間を潰したり
授業に出ても、こっそり読書なんかしていました。
当然、成績も見る見る下降して
物理「8点」なんて点数をとって、先生に呼び出された事もあります。
中学卒業までは、勉強のできる子、だったんですよ(笑)。
それが突然オチこぼれてしまうと
人間荒れます。
毎日母親と喧嘩して、泣かせていた記憶があります。
「喘息になったのは母親のせいだ。」
なんて、親に向かって直接ののしった事もあります。
当然、母親は泣いていましたけれども。。。
学校では、友達を平気で裏切ってました。
自覚はないけれども、自分が良ければそれで良い、と思っていたんでしょうね。
どんどん友達が減っていきました。
たまに学校に行っては、一日中読書して、誰ともしゃべらないで
なんだか真っ暗でした。
夜寝る前も
「どうやって死のうか。。。」
そんなことばっかり考えていました。
今思えば、すべて自分が作り出した状況なんですけれどもね
当時は人のせいにばっかりしていたような気がします。
そんな僕にも一人だけ
とても仲良くしてくれる女の子がいました。
それも、クラスで一番の可愛い子。
残念ながらヤンキーの彼氏がいたので、僕には高嶺の花でした。
その子がね、
ある日、病気にかかってしまったんです。
とても重い脳の病気
しばらく学校には来なくなって
何ヶ月後に戻ってきたと思ったら
表情もすっかり変わって、松葉杖で足を引きずって歩いていたんですね。
どう接していいかわからない
でも、一生懸命笑わせようと思って、なんだかくだらない事をたくさん話ました。
高校の卒業式の後の打ち上げで
その子から告白されました。
「ずっと好きでした。」
って。
もうね、舞い上がりました(笑)。
僕にとっては奇跡でした。
高校生の僕は「さっそく付き合おうよ。」なんてことを言ったわけなんですが
その子は、なかなかOKをしてくれないんです。
「私、病気だから。。。」
よくテレビでね
「この人だけは、それでも私が良いって言ってくれたんです。他の人と違って。」
という女性が出てきますけど
「それでも私が良い」って言える男性には2種類あって
一つは、すべてを理解して包み込める器の大きい男
もう一つは、何も知らないで大丈夫ということがカッコイイと思っている男。
高校生の僕は明らかに後者でした。
「病気なんて関係ない。付き合おう。」
小さい頃から漠然と描いていたお医者さんになる夢も、自分の中で正当な理由が出来ました。
「医者になって彼女の病気を治す。」
若いですね(笑)。
ほんと寝ないで勉強しました。
さぼっていた高校一年生の数学からやり直し。
1日1冊問題集を終わらせたり、英単語5000語をひたすら暗記したり
血を吐くほど勉強しました。
彼女と付き合うとなったものの
勉強の邪魔にならないようにデートはせずに毎日電話だけ。
今と違って携帯携帯が無い時代です。
毎回、向こうのお母さんが出て、彼女に電話をつないでくれてました。
ある時、ぱったり電話がつながらなくなったんです。
誰も電話に出ない。
お母さんが出ても、今はいないの、としか言われない。
1週間位して、電話にやっと出てくれた彼女に怒りました。
「どうして電話に出てくれなかったの?」
彼女は
「入院してたの。心配すると思って言わなかった。。。」
後で聞いた話なんですが、どうやら敗血症(全身に菌が回る危険な状態)にかかっていたらしく、生きるか死ぬかの瀬戸際だったみたいでした。
そんなことも知らない僕は
「心配してるんだから、ちゃんと言ってよ。」
よく電話口で怒っていた記憶があります。
そのうち彼女は心を開かなくなりました。
こっちが心配すればするほど何も言わなくなりました。
たまに
「左目が失明したんだ。右目もどうなるかわからないって先生に言われた。」
なんて大事なことを明るく話すんです。
毎日、予備校の帰りに神社に寄って
「僕の片目が見えなくなってもいいので、彼女の視力だけは残してあげてください。」
とお祈りをしてました。
なんとかしてあげたい
どうにかして助けてあげたい
と思ったんです。
でも、そう思えば思うほど、なぜか彼女の心は離れていったんですね。
どうしていいかわからずに
高校卒業したの僕は毎晩泣いてました。
そして結局別れてしまいました。
ある時新聞にこんな記事がありました。
それは、アフリカで医療活動をしているお医者さんのお話。
彼は恵まれない国の人たちを救おうと、志し高くしてアフリカに渡ったんだそうです。
でもね、治してあげよう、治してあげよう、と思っても
アフリカの患者さんたちは、彼を頼ってくることはなかったんだそうです。
どうして受け入れてもらえないんだろう。
彼は悩み続けました。
こんなに助けてあげたいと思っているのに。
そう考えた時
初めて自分の中にある驕りに気が付いたんだそうです。
助けてあげる
手を差し伸べてあげる
そういった一つ上から彼らを見ていた自分の存在に。
それ以来、彼は
病気を治してあげるんではなく
病気を治す手助けをしよう、と考えを改めました。
彼らが助けを必要とすることを、そっと手を差し伸べる。
医療はあくまでも治るための手助けをする仕事、だということに気が付いたんだそうです。
そうしたら、アフリカの患者さんは彼を慕うようになったんだそうです。
心が伝わったんでしょうね。
アフリカの人たちに。
僕はこの記事を読んだ時
自分の中にある彼女に対する驕りに気が付きました。
僕が治してあげる。
何とかしてあげる。
彼女と僕との間に1本線を引いて、一段高く見下ろしていたのは僕のほうだったんです。
そんな相手に心を開けなんて言っていた僕はなんだったんだろう?
きっと彼女は僕には普通に接して欲しかったんですね。
普通の彼氏として。
それをわかった時、今まで自分のしていたことすべてが自己満足だったことに気が付きました。
彼女のなんにも役に立っていなかったことを理解しました。
はじめて彼女に謝ろうと思いました。
入院中の彼女を訪れて
アフリカのお医者さんの話から自分が気が付いたこと
今まで彼女にしていたことがすべて自己満足だったこと
全部話して、謝りました。
笑って僕の話を聞いていた彼女は、その後、心の許せる友達になれました。
「患者さんの気持ちのわかるお医者さんになろう。」
僕が今そう思えるのは、
きっとあの時、彼女が笑って僕を許してくれたからだと思います。
それからしばらくして
僕は医学部に無事合格して入学することになったわけです。
このときの気持ちが僕のお医者さんとしての原点。
スタートラインにたったんですね。
心も身分も。
でもね、
医学部1年生の僕は知りませんでした
ここからまた悩んだり、苦しんだりしなゃいけないのを。
(続く)
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